11月29、30日の両日開催されるそうです。
2014年10月26日日曜日
2013年6月12日水曜日
縄文村の自然食バイキングは絶景で楽しめる
グルメの町として突っ走る邑南町で、先陣を切っているのは「味蔵」ではなくて「縄文村」じゃないかと、私個人的には思っているのですけどね。
縄文村は、浜田道・瑞穂インターから原山雲海ロードを走って、旧石見町に入るとすぐに遭遇する建物。
地元産の有機栽培野菜などを使った、自然食ランチバイキングが楽しめるお店です。
そもそも「縄文村」という名前の由来は、ランチのご飯に「古代米」を使うからとか何とか聞いたことがありますが、邑南町がA級グルメを名乗る前から営業し、常連さんも多いです。
休日の休みともなると、広島ナンバーなど根強いファンが詰めかける人気店。
なにせ、ロケーションがすごい。店内の庭から於保地(おほち)盆地が見渡せる絶景の店。
店の表側からは分かりませんが、なにせこの素晴らしい景色を見ながら食事できるのですから、そりゃ固定客も生まれますよね。
ランチはバイキングになっているので、取り放題で満腹になれます。
店長さんとは、地元郷土史関係で知り合いでして、よく立ち寄るのですが、「そこにお茶があるから自由に飲め」と言われてみて見れば、茶が入った釜があるんですよね。
炭火で湧かしているみたいです。
脇にある竹細工の柄杓ですくえと……とことん自然ですな。
詳しいことは、縄文村のサイトにあります。ランチバイキングは午前11時から無くなるまで……って、品は人数に合わせてガンガン出てきますけどね。
また、店から盆地を眺められるライブカメラもありますので……って、なんかプラグインの不具合で私はうまく見れないのですが、なにせ色んな意味で大好きなお店です。
縄文村は、浜田道・瑞穂インターから原山雲海ロードを走って、旧石見町に入るとすぐに遭遇する建物。
地元産の有機栽培野菜などを使った、自然食ランチバイキングが楽しめるお店です。
そもそも「縄文村」という名前の由来は、ランチのご飯に「古代米」を使うからとか何とか聞いたことがありますが、邑南町がA級グルメを名乗る前から営業し、常連さんも多いです。
休日の休みともなると、広島ナンバーなど根強いファンが詰めかける人気店。
なにせ、ロケーションがすごい。店内の庭から於保地(おほち)盆地が見渡せる絶景の店。
店の表側からは分かりませんが、なにせこの素晴らしい景色を見ながら食事できるのですから、そりゃ固定客も生まれますよね。
ランチはバイキングになっているので、取り放題で満腹になれます。
店長さんとは、地元郷土史関係で知り合いでして、よく立ち寄るのですが、「そこにお茶があるから自由に飲め」と言われてみて見れば、茶が入った釜があるんですよね。
炭火で湧かしているみたいです。
脇にある竹細工の柄杓ですくえと……とことん自然ですな。
詳しいことは、縄文村のサイトにあります。ランチバイキングは午前11時から無くなるまで……って、品は人数に合わせてガンガン出てきますけどね。
また、店から盆地を眺められるライブカメラもありますので……って、なんかプラグインの不具合で私はうまく見れないのですが、なにせ色んな意味で大好きなお店です。
2013年6月10日月曜日
味蔵は予約一杯なので「プチ味蔵」へ行った
B級ではなくてA級グルメで勝負をかけている邑南町。
つくづくスゴイと思う。各生産物によほど自身が無いと、A級なんて名乗れないですよ。
仕掛人がやり手なんでしょうね。
こんな山奥の人口少ない町で、こんな戦略立てて大丈夫かねと思いますね。実家の母が「人口少ないのに飲食店がこれだけあって、つぶれないのが不思議」と言っていましたが、広島方面からの客で味蔵は結構な人気なのだとか。浜田道様々ですな。
個人的には、素朴ながら腹一杯食べられる「縄文村」が好きなんですが、たまたま味蔵のランチ券を1枚もらったので、行ってみました。
……が、昼は予約で一杯で、2時間ぐらい待ってくれと言われてしまいました。
やっぱりそうですよねー、休日の昼に予約無しでノコノコ来店する方が悪いですよね。
それにしても人気ですな、満席でしたよ。
「お時間が無ければ、『プチ味蔵』でもランチがございます」とのこと。
フルコースのランチとはレベルが下がるみたいですが、時間もないので、やむなくアベルの中にある「プチ味蔵」へ。
矢上のアベル店舗の中に、テーブル席4つぐらいでしょうか、プチの名前の通り、こじんまりとした店があります。
そこで、本店から回ってきたことを告げて、ランチ注文。
まあ、ガツガツと満腹を狙う男にとっては物足りない内容ですが、この上品さがいいですな。……って、みそ汁がガラスカップに入ってくるとは…。
ランチ券の額に余裕があったので、デザートとカプチーノつけてもらいました。
熊かイヌかネコか分からないですが、かわいらしいものです。これ、男が一人で楽しむものじゃないね(笑)。
プチもいいですが、次こそ味蔵本店に……。
みなさん、予約を忘れずに。
つくづくスゴイと思う。各生産物によほど自身が無いと、A級なんて名乗れないですよ。
仕掛人がやり手なんでしょうね。
こんな山奥の人口少ない町で、こんな戦略立てて大丈夫かねと思いますね。実家の母が「人口少ないのに飲食店がこれだけあって、つぶれないのが不思議」と言っていましたが、広島方面からの客で味蔵は結構な人気なのだとか。浜田道様々ですな。
個人的には、素朴ながら腹一杯食べられる「縄文村」が好きなんですが、たまたま味蔵のランチ券を1枚もらったので、行ってみました。
……が、昼は予約で一杯で、2時間ぐらい待ってくれと言われてしまいました。
やっぱりそうですよねー、休日の昼に予約無しでノコノコ来店する方が悪いですよね。
それにしても人気ですな、満席でしたよ。
「お時間が無ければ、『プチ味蔵』でもランチがございます」とのこと。
フルコースのランチとはレベルが下がるみたいですが、時間もないので、やむなくアベルの中にある「プチ味蔵」へ。
矢上のアベル店舗の中に、テーブル席4つぐらいでしょうか、プチの名前の通り、こじんまりとした店があります。
そこで、本店から回ってきたことを告げて、ランチ注文。
まあ、ガツガツと満腹を狙う男にとっては物足りない内容ですが、この上品さがいいですな。……って、みそ汁がガラスカップに入ってくるとは…。
ランチ券の額に余裕があったので、デザートとカプチーノつけてもらいました。
熊かイヌかネコか分からないですが、かわいらしいものです。これ、男が一人で楽しむものじゃないね(笑)。
プチもいいですが、次こそ味蔵本店に……。
みなさん、予約を忘れずに。
2013年6月1日土曜日
矢上駅の矢上高校美術部による看板がアレで
今はすっかり寂れていますが、島根県邑南町矢上のバス停留所「矢上駅」に、大きな看板が取り付けられていました。
矢上高校美術部による制作らしい。
高校生にまじって赤ちゃんがいるのは、何やら不謹慎な感じがしますが、これは「子育て日本一の町」を目指す邑南町に配慮してのデザインだそうです。
一応、私も矢上高校美術部出身でして……って、確か当時は2、3人ぐらいしかいなくて、遊んでばかりで部活らしいことは何もしていませんでしたけどね。
後輩の頑張りを見て嬉しくなりますが、なんだろうな、こういうのを見ると、何か手直ししたくなるな(笑)。
情報がないんですよね。特に私の時なんかインターネットがなくて。サブカルチャーのイラストを描きたくても、どうすりゃいいか情報が手に入らないド田舎ですから。
そういう意味では、今は恵まれている。後輩美術部員よ、pixivアカウントでも取って投稿しはじめてみなされ。
矢上高校美術部による制作らしい。
高校生にまじって赤ちゃんがいるのは、何やら不謹慎な感じがしますが、これは「子育て日本一の町」を目指す邑南町に配慮してのデザインだそうです。
一応、私も矢上高校美術部出身でして……って、確か当時は2、3人ぐらいしかいなくて、遊んでばかりで部活らしいことは何もしていませんでしたけどね。
後輩の頑張りを見て嬉しくなりますが、なんだろうな、こういうのを見ると、何か手直ししたくなるな(笑)。
情報がないんですよね。特に私の時なんかインターネットがなくて。サブカルチャーのイラストを描きたくても、どうすりゃいいか情報が手に入らないド田舎ですから。
そういう意味では、今は恵まれている。後輩美術部員よ、pixivアカウントでも取って投稿しはじめてみなされ。
2013年5月29日水曜日
破城の跡を今に残す本城(島根県邑南町)
土の城として、破城の跡を今に残す貴重な山城があります。
島根県邑南町の瑞穂地区(旧瑞穂町)にある、本城という山城跡のことです。
地元の遺跡管理の方に聞けば、破城と言えば石垣の城のパターンが多いのですが、土の城で破城の跡を残すのは、この本城が唯一ではないか、と。
最近になって、邑南町石見地区(旧石見町)中野にある別所城跡に破城の跡が見られるということで、土の城としては2例目になるとか何とか。
その貴重な山城跡である本城は、きちんとした登山道はありません。東側から必死に登るしかないのですが、さすが隣の二つ山城は奇麗に整備されているのに、本城のこの扱いは少々解せません。
二つ山城よりも、この本城の方が戦略的には優れています。だからこそ、破城を受けたのでしょうが。
写真では分かりにくく、登れば分かるのですが、主郭はズタズタに刻み込まれています。
感じとして、深いところで2メートルぐらい垂直に掘り下げていたのではないでしょうか。確かにそんな穴で刻み込まれたら、二度と使おうとは思わないでしょうね。
本城は、安芸・石見をまたがりこの地域を支配した高橋氏の居城。
阿須那の藤掛城から出羽地区へ進出し、二ツ山城の出羽氏を追いやり、本城を築きます。
出羽氏は失地回復の為に毛利元就に協力を求め、やがて元就の策略により高橋氏は滅ぼされ、出羽氏は二ツ山城を取り戻します。
出羽氏にとって、高橋氏はよほど憎かったのでしょうか。破城したのは誰かは分かりませんが、二ツ山城の隣の山に優れた城を残す訳にはいかなったのでしょうね。
島根県邑南町の瑞穂地区(旧瑞穂町)にある、本城という山城跡のことです。
地元の遺跡管理の方に聞けば、破城と言えば石垣の城のパターンが多いのですが、土の城で破城の跡を残すのは、この本城が唯一ではないか、と。
最近になって、邑南町石見地区(旧石見町)中野にある別所城跡に破城の跡が見られるということで、土の城としては2例目になるとか何とか。
その貴重な山城跡である本城は、きちんとした登山道はありません。東側から必死に登るしかないのですが、さすが隣の二つ山城は奇麗に整備されているのに、本城のこの扱いは少々解せません。
二つ山城よりも、この本城の方が戦略的には優れています。だからこそ、破城を受けたのでしょうが。
写真では分かりにくく、登れば分かるのですが、主郭はズタズタに刻み込まれています。
感じとして、深いところで2メートルぐらい垂直に掘り下げていたのではないでしょうか。確かにそんな穴で刻み込まれたら、二度と使おうとは思わないでしょうね。
本城は、安芸・石見をまたがりこの地域を支配した高橋氏の居城。
阿須那の藤掛城から出羽地区へ進出し、二ツ山城の出羽氏を追いやり、本城を築きます。
出羽氏は失地回復の為に毛利元就に協力を求め、やがて元就の策略により高橋氏は滅ぼされ、出羽氏は二ツ山城を取り戻します。
出羽氏にとって、高橋氏はよほど憎かったのでしょうか。破城したのは誰かは分かりませんが、二ツ山城の隣の山に優れた城を残す訳にはいかなったのでしょうね。
2012年6月28日木曜日
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