2013年5月29日水曜日

破城の跡を今に残す本城(島根県邑南町)

 土の城として、破城の跡を今に残す貴重な山城があります。
 島根県邑南町の瑞穂地区(旧瑞穂町)にある、本城という山城跡のことです。

 地元の遺跡管理の方に聞けば、破城と言えば石垣の城のパターンが多いのですが、土の城で破城の跡を残すのは、この本城が唯一ではないか、と。
 最近になって、邑南町石見地区(旧石見町)中野にある別所城跡に破城の跡が見られるということで、土の城としては2例目になるとか何とか。

 その貴重な山城跡である本城は、きちんとした登山道はありません。東側から必死に登るしかないのですが、さすが隣の二つ山城は奇麗に整備されているのに、本城のこの扱いは少々解せません。

 二つ山城よりも、この本城の方が戦略的には優れています。だからこそ、破城を受けたのでしょうが。

本城 本丸

 写真では分かりにくく、登れば分かるのですが、主郭はズタズタに刻み込まれています。
 感じとして、深いところで2メートルぐらい垂直に掘り下げていたのではないでしょうか。確かにそんな穴で刻み込まれたら、二度と使おうとは思わないでしょうね。

 本城は、安芸・石見をまたがりこの地域を支配した高橋氏の居城。
 阿須那の藤掛城から出羽地区へ進出し、二ツ山城の出羽氏を追いやり、本城を築きます。
 出羽氏は失地回復の為に毛利元就に協力を求め、やがて元就の策略により高橋氏は滅ぼされ、出羽氏は二ツ山城を取り戻します。
 出羽氏にとって、高橋氏はよほど憎かったのでしょうか。破城したのは誰かは分かりませんが、二ツ山城の隣の山に優れた城を残す訳にはいかなったのでしょうね。



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